日本語で留守という語は不在、つまり家の人が外出していて家に誰もいないという意味と留守番という意味で用いられます。

中国語で留守liúshǒu は元々皇帝が巡幸で都を離れる時に、責任を任された大臣が都の防備を務めるという意味で使われ、日本語での後者の意味です。

留守儿童liúshǒu értóngとはいわゆる新語で、両親が农民工nóngmín gōngとして都市部に出稼ぎに出ている為、田舎に残された子どもたちのことを指す表現です。

农民工nóngmín gōngは中国経済の発展にこれまでも大きく貢献してきましたし、これからも必要な存在です。

中国ではこの农民工nóngmín gōngの留守儿童liúshǒu értóngが6000万人を超えていると言われています。

留守儿童にまつわる現状

2015年には留守儿童liúshǒu értóngの4人の兄妹が農薬を飲んで自殺するという衝撃的な事件が起こり、留守儿童liúshǒu értóngの問題に目が向けられるようになってきました。

実際、留守儿童にliúshǒu értóngまつわる問題には、子どもの情緒不安定、学力低下に始まり、少年犯罪の増加 また近親者からの性犯罪の被害を受けるといった深刻なものまであります。

それなら親たちはどうして子どもを連れて出稼ぎに行かないのかという疑問が沸きます。

中国では都市部の戸籍と農村部の戸籍は変更ができず、農村部の戸籍の子どもが都市部に引っ越しても都市部の公立の学校に入校することが出来ない現状があります。

結果として親は仕方なく子どもを祖父母や親戚に預けて出稼ぎに出るという訳です。

私の中国人の友人の中にも、幼い時に親が出稼ぎに出ていた為、祖父母に育てられたという人は少なくありません。
その為、感情的な絆は両親に対してより祖父母に対する方が強いといいます。

また、出稼ぎに出ていた友人の中には子どもが幼い時に一緒に暮らせなかった為、子どもに対して自然の情愛が湧かないという人もいます。
 
さらには、親戚や親からの圧力で出稼ぎに出る人たちもいます。
どんな圧力かというと、
「要赚钱。yào zhuàn qián」(金を稼げ)
という圧力です。
まるで日本の高度成長期を彷彿させます。

もちろん若い世代の中には、そうした社会の風潮に矛盾や疑問を感じて、どんなに苦労しても子どもを手元に置いてなんとか生活を切り盛りしようとしている人たちもいます。

最近も近所の商店の女性が、
「我不想让孩子留守儿童,也不想爷爷奶奶照顾他们。wǒ bù xiǎng ràng háizi liúshǒu értóng , yě bù xiǎng yéye nǎinai zhàogù tāmen」
(私は子どもを留守児童にさせたくないし、祖父母が彼らの世話をするのも望まない。)
ときっぱり言い切っていて立派だなと感じました。

彼女の2歳と5歳の子どもは、子供らしさがあふれて無邪気で人懐っこく、こういう親に育てられたこの子たちは幸せだなと感じました。